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塾長 ブログ

canは「できる」でよいか

2026/3/4

    canの基本的な意味は「~する可能性を内に秘めている」です。これを簡潔に「~できる」と表現したりするわけです。
    canは本来「可能性」ですから、
    Smoking can be harmful to our health.
    「喫煙は健康にとって有害である可能性を秘めている」
    ということですし、否定文の中で用いられると
    The story cannot be true.
    「その話が本当である可能性はない」
    となります。
    Todd can speak French.
    「トッドはフランス語を話す可能性を秘めている」
    なら、「話す能力がある」と「能力」に視点を置いて語っているのか、「実際に使用している」のかが不明確です。もし「実際に使用する能力」があると明示するのであれば
    Todd is able to speak French.
    「トッドはフランス語を話すことができる」
    とbe able to (V) を使って表現します。

    ゾウとロバ

    2026/3/1

      アメリカ政治でお馴染みの動物といえば、ゾウとロバである。ゾウは共和党をロバは民主党を表す。民主党のロバはアンドリュー・ジャクソン大統領に由来するものだそうだ。彼は民主党から出た最初の大統領選挙で、対立候補の陣営からjackassと呼ばれた。「ロバ」を意味する単語だが、「ばか」「まぬけ」という侮辱語でもある。ジャクソンはこれを逆手に取り、不屈の意志をアピールする言葉として自分でも使うようになった。これは、鉄の女と呼ばれた英国初の首相マーガレット・サッチャー氏の逸話とかぶる。
      首相に選ばれる前の保守党党首時代、旧ソ連の国防省機関紙にその強硬な政治姿勢を「鉄の女」と非難された。鉄の女は、強硬な反共主義を揶揄する言葉だったが、皮肉にもサッチャーはこれが気に入って、彼女の代名詞として定着した。
      国を率いる才には、自分への攻撃を切り返す瞬発力と、たじろがない姿勢、そして批判を堂々と受けてなお、自分の長所を見失わない自信が必要なのだろう。
      昔も今も、アメリカ大統領には目から鼻に抜けるような知的エリートは歓迎されない。共和党のジョージ・W・ブッシュが二度の選挙に勝ったのも、知的優秀さが際立つ対立候補に対し、彼が「ビールを飲みながら気軽に話せる相手」と見なされたからだと言われている。

      could / would / might は「現在」

      2026/2/25

        could, would, mightは、本来caan, will, mayの過去形でしたが、現在では特殊な例外を除き、形は過去形ですが、表す内容は「現在」のことに言及する表現です。それぞれ、can, will, mayの意味を弱めた形と理解しましょう。
        We could buy the car.であれば、「その車を購入できた」という過去の意味ではなく、「その車を購入することができるかもしれない」という意味になります。
        これは仮定法過去の
        If we had enough money, we could buy the car.
        「必要なだけのお金があれば、その車を購入することができるのだが」
        からIf節が取り除かれた文であると考えればよいわけです。
        「助動詞の過去形」→「仮定法のサイン」ですね。

        一つの言語しか知らない人はどの言語も知らない

        2026/2/22

          「一つの言語しか知らない人は、どの言語も知らない」はドイツの文豪・ゲーテの言葉だそうです。多言語に触れることは異質な価値観に接することであり、他者への理解にもつながります。
          米国の詩人・フロストは「教養」を「あらゆることに耳を傾けつつ、気分も害さず自信も失わずにいる能力」と定義しました。聞いて共感する力、自分の考えを批判的に検討する力、そして相手に分かるように自分を表現する力。それらがなければ、民主的社会など簡単に壊れてしまします。
          世界で権威主義が横行する今、民主的な市民の育成を目指す教育が必要だと思います。同時に、手っ取り早く教養を身につける術はなさそうです。自分の考えを批判的に検討する力の取得は、それこそ生涯教育によるしかなく、「ファスト教養講座」では血肉化することはないと考える必要がありそうです。

          交換のforと理由を表すfor

          2026/2/18

            I paid 100 dollars for this sweater.
            「このセーターに100ドル払った」ということは、
            I bought this sweater for 100 dollars.
            「100ドルでこのセーターを買った」と言っても、他者から見れば事実はそれほど変わらない。このforは「交換のfor」と呼ばれます。

            She mistook me for my sister.
            「彼女は私を姉と間違えた」
            こちらも「交換のfor」。でもどうなんだろう、間違えられて戸惑ったのか嫌だったのか。

            They praised him for his courage.
            「彼らは彼の勇気を称賛した」
            さて彼は勇気を持って何をしたのだろう。勇気はもちろん称賛されるものだろうが、傷を負わないように勇気から遠いところに身を置くということが軽蔑の対象になる必要もないと思う。君子危うきに近寄らず。
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