塾長 ブログ
駿台予備校の決断
2025/8/3
駿台予備学校が2026年度から、各大学・学部の合格者数の公表をおこなわないと発表した。受験生の多くが複数の塾・予備校やオンライン教材等を併用して学ぶことが一般的となり、単一の教育機関における合格者数が本来の意味を持ちにくくなってきているのが理由だという。
例えば、2025年度入試において、東大の一般選抜前期日程の合格者は2,997名だったが、主要な塾・予備校が公表する合格者数を合計すると、実際の定員を大きく上回る数字になり、その数値の信頼性や意味が形骸化しているとの判断だったようだ。
合格者数は塾・予備校にとって、「信頼」や「実績」の象徴であり、受験生や保護者にとって学習機関決定の重要な指標であった。予備校のトップランナーである駿台だからこそ出来る自信の成せる技なのであろうが、これに追従できる塾・予備校はあるだろうか。
また、大学合格実績を多くの高校が公表しているが、自校の教員による指導で合格に導いたと言える高校がどれだけあるだろうか。大学合格数だけでは分からない、各高校の本当の学習指導力を見極める力が、中学校の先生や高校受験塾の指導者に必要だということを思い知らされた大きな決断だった。
例えば、2025年度入試において、東大の一般選抜前期日程の合格者は2,997名だったが、主要な塾・予備校が公表する合格者数を合計すると、実際の定員を大きく上回る数字になり、その数値の信頼性や意味が形骸化しているとの判断だったようだ。
合格者数は塾・予備校にとって、「信頼」や「実績」の象徴であり、受験生や保護者にとって学習機関決定の重要な指標であった。予備校のトップランナーである駿台だからこそ出来る自信の成せる技なのであろうが、これに追従できる塾・予備校はあるだろうか。
また、大学合格実績を多くの高校が公表しているが、自校の教員による指導で合格に導いたと言える高校がどれだけあるだろうか。大学合格数だけでは分からない、各高校の本当の学習指導力を見極める力が、中学校の先生や高校受験塾の指導者に必要だということを思い知らされた大きな決断だった。
a computer / computers
2025/7/30
「私はネコが好きです」なら、I like cats.とcatを複数形で表します。ネコは同時に複数いて、それで自然だからです。数えられる名詞の単数・複数は悩ましい問題ですが、予め「この単語は単数でとか、この単語は複数で」と決まっているものではなくて、場面に応じて自然な方を選ぶという発想が大切です。
「コンピュータは日々の生活に欠かせないものになっている」と表現したければ、どのコンピュータと限定するものではなく、世の中にあまねく存在するコンピュータという意味ですから、
Computers have become an integral part of our daily lives.
となるのが自然ですし、
「コンピュータを使う時には2時間に1回は休憩した方がよい」であれば、目の前にあるコンピュータは通常1台でしょうから、
When using a computer, it is better to take a break every two hours.
が自然な表現になります。
「コンピュータは日々の生活に欠かせないものになっている」と表現したければ、どのコンピュータと限定するものではなく、世の中にあまねく存在するコンピュータという意味ですから、
Computers have become an integral part of our daily lives.
となるのが自然ですし、
「コンピュータを使う時には2時間に1回は休憩した方がよい」であれば、目の前にあるコンピュータは通常1台でしょうから、
When using a computer, it is better to take a break every two hours.
が自然な表現になります。
声を低くすると
2025/7/27
7/2の塾長ブログに書いた。説得的話法のためには、アリストテレス『弁論術』によれば、Logic(話の論理)とEthics(話者の倫理)、さらにPassion(伝えようとする熱情)が必要だと。加えて、相手により信頼感を持ってもらうにはVoiceの質も重要だ。
自分の主張を相手に届けることを仕事の基礎とする政治家は、世界的に見れば声が低い。もう亡くなられたが米国の元国務長官:キッシンジャーなどは声がとても低かった。女性は男性よりも声が高いのだが、鉄の女と称された英国のサッチャー元首相は、権威を得るために声の周波数を60ヘルツも下げたそうだ。
一般的に声が高い人は低い人に比べ「真実味や力強さに欠ける」との印象を持たれる傾向があるという。米国の元国務長官:ヒラリー・クリントンやドイツのメルケル元首相も意図的に声を低くしたことが知られる。
日本人女性の声は世界的に見ると高いグループに属すという。話の中身も大事だが、その話を相手に届けるVoiceの質にも意識を持ってはどうだろう。
聞いた話だが、かつてのブロードウェイのミュージカル、その後オードリー・ヘプバーンが主演して映画化された『My Fair Lady』でも、その人が属する社会階級を声の高低が興味深く描いている(らしい)。音声学者のヒギンズ教授が、ロンドン下町のコックニー訛りの花売り娘イライザを舞踏会で通用するレディに仕立て上げる話だ。今年の夏の研究課題として古い映画を楽しもうと思っている。
自分の主張を相手に届けることを仕事の基礎とする政治家は、世界的に見れば声が低い。もう亡くなられたが米国の元国務長官:キッシンジャーなどは声がとても低かった。女性は男性よりも声が高いのだが、鉄の女と称された英国のサッチャー元首相は、権威を得るために声の周波数を60ヘルツも下げたそうだ。
一般的に声が高い人は低い人に比べ「真実味や力強さに欠ける」との印象を持たれる傾向があるという。米国の元国務長官:ヒラリー・クリントンやドイツのメルケル元首相も意図的に声を低くしたことが知られる。
日本人女性の声は世界的に見ると高いグループに属すという。話の中身も大事だが、その話を相手に届けるVoiceの質にも意識を持ってはどうだろう。
聞いた話だが、かつてのブロードウェイのミュージカル、その後オードリー・ヘプバーンが主演して映画化された『My Fair Lady』でも、その人が属する社会階級を声の高低が興味深く描いている(らしい)。音声学者のヒギンズ教授が、ロンドン下町のコックニー訛りの花売り娘イライザを舞踏会で通用するレディに仕立て上げる話だ。今年の夏の研究課題として古い映画を楽しもうと思っている。
prepareの使い方に注意
2025/7/23
「…に備える」の意味で、prepareを使う時には用法に注意する必要があります。
prepareを他動詞として使って、prepare an examとした場合、「試験の準備をする」の意味になりますが、これは「教師が試験問題を作問・印刷して準備をする」の意味であって、生徒が「試験の準備=試験勉強する」という意味にはなりません。生徒が「試験に備えて準備する」の意味でprepareを使うのであれば、prepare for an examとしなければなりません。prepareの後に目的語を置く場合には、その対象である「準備物」を置く必要があるのです。これは「…を手伝う」の意味でhelpを使う場合と同様に、目的語に何を置くべきなのかというセンサーを鋭敏にしなければならない例と言えます。
helpの対象になり得るのは「人」ですから、「宿題」を目的語の位置に置くことはできないのです。この辺りが、日本語ベースで思考して、英語に変換していると間違えてしまうチェックポイントと言えるでしょう。
My father helped me with my homework.
prepareを他動詞として使って、prepare an examとした場合、「試験の準備をする」の意味になりますが、これは「教師が試験問題を作問・印刷して準備をする」の意味であって、生徒が「試験の準備=試験勉強する」という意味にはなりません。生徒が「試験に備えて準備する」の意味でprepareを使うのであれば、prepare for an examとしなければなりません。prepareの後に目的語を置く場合には、その対象である「準備物」を置く必要があるのです。これは「…を手伝う」の意味でhelpを使う場合と同様に、目的語に何を置くべきなのかというセンサーを鋭敏にしなければならない例と言えます。
helpの対象になり得るのは「人」ですから、「宿題」を目的語の位置に置くことはできないのです。この辺りが、日本語ベースで思考して、英語に変換していると間違えてしまうチェックポイントと言えるでしょう。
My father helped me with my homework.
即決がよいとは限らない
2025/7/20
Immediate decision is not always better.
などと書くと、どこかの会社経営者に怒られたり、WOOPの法則論者にバカにされたりしそうだが、即決せずに問題を「先送り」するのが吉と出る場合もある。
これが最適解であると胸を張って力強く述べるのは、今や一つのリーダー像になっているのかもしれないが、「最適解」というのは現状ベースの理解が基になっているから、それが果たして将来、見込んだように機能するかどうかはわからない。エビデンスを根拠に自説をぶつのは勝手だが、未来を完全予測することなど不可能だ。
未来はどうなるかわからないものなのに、現状を最優先し、「未来の未知性」を軽んじる傾向があるのだろう。かつては米国式の「四半期」決算を遠くから眺めていた日本の企業家も、今や「当面の成果をどうマネージして市場関係者に説明するか」に腐心しなければならない時代となっている。
もう少し落ち着いた知性の働かせ方を採用するほうがよさそうだ。「どうしたらよいかわからない時に、なお適切にふるまえること」を知性の定義とするなら、その適切なふるまいの中に「しばし保留」を組み込むことも許されるだろう。
などと書くと、どこかの会社経営者に怒られたり、WOOPの法則論者にバカにされたりしそうだが、即決せずに問題を「先送り」するのが吉と出る場合もある。
これが最適解であると胸を張って力強く述べるのは、今や一つのリーダー像になっているのかもしれないが、「最適解」というのは現状ベースの理解が基になっているから、それが果たして将来、見込んだように機能するかどうかはわからない。エビデンスを根拠に自説をぶつのは勝手だが、未来を完全予測することなど不可能だ。
未来はどうなるかわからないものなのに、現状を最優先し、「未来の未知性」を軽んじる傾向があるのだろう。かつては米国式の「四半期」決算を遠くから眺めていた日本の企業家も、今や「当面の成果をどうマネージして市場関係者に説明するか」に腐心しなければならない時代となっている。
もう少し落ち着いた知性の働かせ方を採用するほうがよさそうだ。「どうしたらよいかわからない時に、なお適切にふるまえること」を知性の定義とするなら、その適切なふるまいの中に「しばし保留」を組み込むことも許されるだろう。

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