エキップ英語教室 エキップ英語教室

大阪府 豊能郡 能勢町 下田尻1060

塾長 ブログ

知識をどう取り扱うか

2024/1/19

    知らなかったことを知る。なるほどと思う。知識を得るということは快楽だ。自分の進歩を感じ、自信も芽生えるだろう。
    だが、知をストックしてため込むことにのみ腐心していないか点検してみることが必要かもしれない。
    元日に能登半島地震が発生した。また、阪神淡路大震災から29年である。当時、勤務校に地学の専門家がいた。後に、彼は学園の研究紀要に「正しい知識を持って対策することの重要性」を書いていた。阪神淡路大震災では、倒れた家具の下敷きになって亡くなった方が多かったそうだ。背の高い家具が倒れないように耐震金具などを取り付けるのは、有効な地震対策であることを知る人は多い。だが、その人たちの内、実際に耐震金具を取り付けている人の割合はどれくらいだろうか。
    学びを知識で終わらせるのではなく、それを活用して豊かに生きていくことを学習の目的にしたいと思う。
    Why don't you put the knowledge to good use?

    なぜエキップ英語教室かということ③

    2024/1/17

      現行の学習指導要領下、高校英語は、reading・listening・speaking・writingの4技能の内、speakingをさらにわざわざ「やり取り(ディベート・ディスカッション)」と「発表(スピーチ・プレゼンテーション)」の2領域に分け、4技能5領域で、「生徒の豊富な英語使用を促し、英語による言語活動を行うことを授業の中心とする」としています。
      一方、指導の方法として、例えば英語コミュニケーションⅠ・文構造について、「型として指導するのではなく、用語や用法の説明は最小限としつつ、あくまで言語活動と効果的に関連付けて指導する」とわざわざ注記して、使用する教科書も文法は極力扱わない構成とされています。
      結果、授業は、『間違ってもいいから、積極的に話したり発表してみよう』というものに行き着きがちです。これでは、生徒の学校での英語学習と、大学入試で求められる英語力との溝は深まるばかりです。
      エキップ英語教室では、英語4技能の向上に必要な文法を各段階で的確に指導します。

      共通テスト「英語」について

      2024/1/15

        今年で4回目の大学入学共通テスト。当初、英語は、英検・TOEIC・TOEFL等の4技能試験の受験を事前に課し、新しい共通テストと組み合わせて英語力を測る計画になっていました。
        ところが実施の1年程前になって、「4技能試験を受験生に課すのは、居住地や家庭の経済的事情による格差等、公平性の観点から問題がある」として、4技能試験の導入が見送られたのです。
        セットとなるのもを欠いた共通テスト問題は、間接的とは言えspeaking力を問う「発音・アクセント問題」やwriting力を問う「語句整序問題」が4技能試験導入を前提に除かれたままのバランスの悪い構成で実施されました。「平易だがひたすら長いだけの空疎な英文から、必要な情報をスキャニングする力を測るだけのもの」となり、センター試験からの劣化が指摘されてきました。
        さて、今年の共通テストはどうだったか。形式は変わりませんが、「読むに堪える内容の英文を」と奮闘する出題者の気概は感じました。

        なぜエキップ英語教室かということ②

        2024/1/13

          昔、外国語を学ばないことは、窓の無い家に住むことによく例えられた。
          窓が無ければ、外の世界が見られないだけでなく、自分の手元の認識すら怪しくなる。
          窓があれば、光を入れて日常を相対化し、ここに無いものを外に求めることも可能になる。
          中学生の私にとって、初めての窓が、毎朝7時に始まる『おはよう7:00』(毎日放送)の『キャラバンⅡ』だった。
          自動車2台のキャラバンが、レポーターを乗せ、北米→南米の大地を町から町へ訪ね行く様子が毎朝放映された。
          見知らぬ異国風景とオリビア・ニュートン・ジョンの歌う「カントリー・ロード」によって、説明不可能な私の日常の閉塞感は軽やかに解放された。
          英語を学べば、もっと新鮮で自由な世界に自分は立てるのではないか。
          それが、無意識の内に英語の学習動機となっていたのだと思う。

          なぜエキップ英語教室かということ①

          2024/1/11

            私が高校生の頃、町に図書館が無いのが不満でした。読書家だからという訳ではありません。図書館の不在が、閉塞感に満ちた日常の象徴のように思われたからです。「何も、出口なんてものを求める必要はないのだよ」と宣言されているようでした。
            図書館が無いのは、要望が無いから?アクセスに課題があるから?利用者が見込めないから?どんな理由を持ち出してみても、私には知的敗北宣言のように感じられました。「そんなもの、田舎にあってもしょうがない」という思考自体が知的停滞を呼び込むのではないかと思います。
            ただ、町営図書館となれば、税金で設置・維持管理していかなければならない公的施設です。多くの支持が得られそうにないもの、見通しの立たないものは選択的に排除されるということは理解できます。
            ならば、残されているのは、私的に活動すること以外にありません。それがエキップ英語教室を始める理由の一つです。
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